がん保険CM出演、山下弘子さんの夫が語る数々の思い出   

2018年 05月 05日
アフラックのがん保険のCMで、嵐の櫻井翔さんと出演していた山下弘子さんが3月25日に亡くなられました。
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うちの店に置いている週刊誌「女性セブン」に、山下弘子さんの夫の前田朋己さんのインタビュー記事が載ってました。

最愛の妻との「最期の思い出」を語るのは兵庫県議会議員の前田朋己さん(37才)。
彼の妻は5年以上に及ぶがん闘病の末、3月25日に亡くなった山下弘子さん(享年25)だ。
生命保険会社「アフラック」のCMに嵐の櫻井翔(36才)と出演し、「がんになって、いい子をやめました」と語っていたのを覚えている人も多いだろう。


亡くなる約1か月前の2月28日午前3時に妻から電話がありました。
「とも、行ってくるからね、手術室に,愛しているよ」と言われたから、「ぼくも愛しているからね」って返しました。
それから、「言うても、あなたは寝ているだけでしょ、頑張るのは医者やからね」と軽口を叩きました。

それが彼女との最後の会話になりました。
ただ、その時はぼくも彼女も、無事に手術を終えて戻ってくると思っていたんです…。

手術の直前、“ひろ”は友人と京都に1泊旅行へ。
昨年末から不安定だった体調が2月中旬から戻りつつあり、京都でお寺巡りや芸妓体験をしたそうです。
でも大阪の実家に戻った翌日に気管のがんが大きくなって出血して肺機能が低下。
2月28日に緊急手術をした後は意識が戻ることはありませんでした。

〈県議として多忙な日々を過ごす朋己さんは毎日、仕事を終えると、職場と病院を往復3時間かけて行き来して、眠ったままの妻を励ました。だが朋己さんや家族の看病の甲斐なく、弘子さんは帰らぬ人となった。〉

ひろはもう20回以上も手術を受けているので、今回も必ず帰れると思っていたはずです。
ぼくや家族にとっても「まさか」という結果になりましたが、ぼくは彼女に出会えたことを感謝したい。
妻と過ごした5年間はぼくの人生で最も幸せな時間でした。


2013年6月に私とひろと知り合いました。
ひろの第一印象は「若いのに頭がよくて考え方も面白く、 すごくいいな」というものでした。
が、彼女の方は「チャラい奴だ」と思ったみたいです。
髪形も爆発してたし、初対面でいきなり腰に手を回してきそうな勢いだったと後に言われました(笑い)。

その席で、ひろは「私、がんなんだよね」と言いました。
彼女はがんと言えば、ぼくが離れていくと思ったそうです。
でも、初めて2人で会った時、がんの話をあらためて聞いたぼくが目をウルウルさせたので、「この人は好青年だ」と感じてくれたようです。
それ以降、お互いを知るうちに、同じ空気感でノリも一緒だって気がつきました。

〈弘子さんは立命館大学在学中の2012年秋、肝臓がんが見つかり、「余命半年」と告げられる。10時間に及ぶ大手術を経て大学に復学したが、喜びは束の間だった。
肺への転移と肝臓がんの再発が見つかってしまう。
朋己さんが彼女と出会ったのはそんな時期だった。
治療と再発を繰り返すなか、弘子さんは高校時代の恩師から「講演をしないか」と声をかけられ、講演活動を開始する。
さらにSNSを通じた情報発信が話題を呼んで、テレビなどで取り上げられるようになった。〉

ぼくはつきあって1年目くらいから結婚を望んでいましたが、彼女のなかには、「私はあなたを残して先に逝くかもしれない」という葛藤があったようです。
ぼくも何人かの友人に「結婚は勧められない」と言われました。
でもぼくは、「がんなんて気にしなくていいよ」と彼女に伝えました。

人間はいつどう死ぬかをコントロールすることはできません。
ぼくはひろより一回り年上ですし、出歩く機会も多いから、交通事故で先に亡くなる可能性だってある。
そんなことで悩む必要はない。
お互い愛し合っているならいいんじゃないかと。だから、ぼくにとってがんが結婚の障害になることはなかった。

結婚に対して後ろ向きだったひろを変えたのは、『ゼクシィ』に書かれていた「結婚式の意義は親や友人へ感謝を伝えること」という言葉でした。
2017年6月大阪市内で挙式しました。

ぼくはひろの病気のことで泣いたことは一度もありません。でも彼女がウエディングドレスを着た時に、一度だけこらえきれず涙がこぼれました。
心から嬉しそうな表情の彼女がすごくきれいで、あまりに嬉しくて泣いてしまったんです。
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がんが見つかるまでのひろは、周囲の反応を見ながら相手が求める理想像を演じていたそうです。
でも、がんになって「他人が求める自分じゃなく、自分が行きたい自分を生きたい」と、思うようになって、アフラックのCMでは、「いい子をやめます」と宣言したのです。
どんな人生であっても自分が主人公なのだから、前向きに1分1秒を大切にして「今を生きる」事が何よりも大事なはず。
ひろはその事を命を懸けて伝えようとしたのです。

昨年、放射線治療をした時に、ひろが医師に「子宮に近いから卵子を凍結したほうがいいんじゃないですか?と聞いたら、「あなたはもう無理ですよ」と言われたそうです。
彼女は常々、「結婚と出産という人生のフルコースを味わいたい」と言っていたので、子供ができないと聞いた時には落胆して、泣きながら僕に伝えにきました。
本当に悲しそうでした。
僕は「子供ができない人生でもいいんじゃないの」と言って、「医療の進歩はすごいから何年か後に再生医療で子供ができるようになるかもしれんから、また期待すればいいんじゃない」と伝えると、彼女は希望が持てたのか、笑みを浮かべてくれました。

末期がんで標準治療が終わったら緩和ケアを勧められることも、患者にとっては死を待つことと同じです。
患者の立場からすると、わずかでも希望を持てることが残りの人生を生きる上で非常に重要。
そうした治療法を広めたいとひろはずっと望んでいたので、僕は政治家としてその遺志を継いでいきたい。
妻と同じ苦しみを持つ人に同じ思いをさせないように、さまざまな仕組みを変えていくことが必要だと思います。

弘子さんの通夜では、50代の男性が訪れた。
ステージⅢの肝臓がんがわかり、自暴自棄になっている時に弘子さんを知り、「20歳そこそこの子が頑張っているのに、おれも頑張らないと」と勇気を出して治療に励み、完治されたのです。

彼女のメッセージが多くの人に生きる希望を与えたのです。

山下弘子さんのブログ  「今を生きる 〜山下弘子のほのぼの日常〜 」  は4月14日の弘子さんのお母さんによる記事で終わっています。

その中で母と娘のこんなやり取りが記されていました。
弘子は、
“不幸やねんけど、今が幸せ!
“心残りは?”と聞かれたら、
“朋己さんを愛したらない!”
とよく言っていました。


 ※女性セブン2018年5月10・17日号より引用

by k2hair | 2018-05-05 13:49 | Trackback | Comments(0)

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