スケート王国オランダに感謝 m(_ _)m   

2018年 02月 22日
平昌オリンピック、スピードスケート女子団体パシュートの決勝で、日本は強豪のオランダを破り金メダルを獲得しました。

この瞬間に大喜びしたのは、オランダ人コーチのヨハン・デビットさん
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ソチオリンピックのスピードスケートでメダル0と惨敗した日本は1年後の2015年春に、オランダ人のヨハン・デビットさんをコーチに招聘します。

ヨハン・デビットさんは、食事や睡眠時間も管理するなど徹底した意識改革を選手に求めました。
彼が日本に来て最も成長したのが、高木美帆選手です。
不振でソチオリンピック代表を外された高木美帆選手でしたが、今や日本のエースになるまで成長しました。
パシュートの決勝で、先頭で風よけとなってチームを引っ張る彼女はたくましかったです。

そんな彼女を大きく変えたのがヨハン・デビットコーチ。
祖国を離れライバルでもある日本のために自分の知識や指導経験の全てを伝えてくれました。

ヨハン・デビットコーチは日本に来てもうすぐ3年になります。
来日当初は苦手だった日本食も克服し、今では豚の生姜焼き定食も好物になるほど日本になじんでいるそうです。


日本のスピードスケート短距離の絶対的エースの小平奈緒選手は、前回のソチオリンピックでは500mで5位、1000mでは13位とふるいませんでした。

そこで一念発起し、オランダのプロチーム「チーム・コンティニュ」に入門しスケート留学をします。
当初1年の予定でしたが、2年間オランダのスケートを学びました。
このチームで小平選手は、コーチのマリアンヌ・ティメルさんに今までの滑りを捨てて1からオランダ流の滑りを叩き込まれました。
マリアンヌ・ティメルさんは、長野オリンピック女子1000、1500メートル金メダリストです。
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小平選手が金メダルを獲ったことで、「あなたは成し遂げた、ナオ! わたしたちはとても喜んでいるわ」と祝福しました。

単身乗り込んだ小平選手も凄いのですが、ライバルでもある日本の選手に勝てるスケートを教えてくれた「チーム・コンティニュ」のマリアンヌ・ティメルコーチも本当に素晴らしいと思います。


江戸時代に鎖国していた日本が長崎の出島で唯一貿易していた国がオランダです。
幕末になるまでは、日本は洋学をオランダから学びました。
当時、西洋の学問と言えば蘭学だったのです。
そして日本は、医学や軍学をオランダから学んで明治の近代国家への道を歩んでいったのです。

日本とオランダは昔から今に至るまで、遠くて近い国だったのです。
オランダに心から感謝です m(_ _)m
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by k2hair | 2018-02-22 13:18 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

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