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「ゴムまり娘」の晴れ着姿   

2017年 10月 13日
世界選手権のゆかでは日本女子として初の金メダルに輝いた村上茉愛選手。
実は、村上選手のお母さんは東京都の小平市で美容室を経営されていて、お店のホームページにはこんな写真が・・・
去年の成人式の写真ですね(^^)
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世界選手権から日本に帰国した時の記者会見では満面の笑み。
オーディションで選ばれて子役でドラマに出演した経歴があるというだけあって、愛らしい笑顔が素敵です。
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村上茉愛選手のお父さんも元体操選手で、彼女が所属する池谷幸雄体操倶楽部のコーチでもあるのです。
近江八幡の教室にも時々教えに来られるそうです。(お客様からの情報)

村上茉愛選手は、今回の世界選手権の個人総合は予選は1位だったのですが、本戦では平均台の落下で僅差で4位に終わり、涙を流しました。
しかしその後の種目別のゆかで見事に金メダルを獲得!

彼女のゆかでのピョンピョン弾む演技を見た時、私は「まるでゴムまりみたいだ!」と思いました。
ところが、世界選手権から帰ってきてからの記者会見で、彼女は自ら「ゴムまり娘」と呼んで下さいと言いました(笑)

村上茉愛選手が、3年後の東京オリンピックでも「ゴムまり」のように躍動して、ゆかだけではなく個人総合でも金メダルを獲得して欲しいです。
 
応援しています! 

by k2hair | 2017-10-13 12:51 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

桐生坂!   

2017年 09月 14日
9月9日東洋大の桐生祥秀選手が、9秒98の日本新記録を樹立しました。
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先日のNHK「クローズアップ現代」で桐生選手の日本新記録樹立の特集をしていました。

桐生選手は、京都の洛南高校3年の時に当時の日本記録にあと1歩に迫る10秒01を記録して、9秒台に最も近い日本人として大注目されるようになりました。

桐生選手は滋賀県彦根市の出身で、小学校の時はサッカーチームのゴールキーパーをしていました。
相手の選手がゴールに向かってシュートをしようとすると、キーパーの桐生少年がペナルティーエリアから脱兎のごとく飛び出し、相手の選手よりも早くボールに追いついて蹴り、シュートを阻む超攻撃的なキーパーだったのです。
右が小学生の当時の桐生少年
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足がめっちゃ速いので子供の頃のあだ名はジェット桐生

足の速さを見込まれて彦根南中に進学して陸上部に入ります。
当時の陸上部顧問の億田先生は、学校からほど近い荒神山公園にある芝生の丘をダッシュするように選手を指導しました。
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グーグル・アースで見るとこんな感じです
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今、この坂を子供達はこう呼びます
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東洋大学に進学後も桐生選手は、ず~っと注目されていましたが、4年間自己最高記録を更新できませんでした。

今年8月の世界選手権の予選となる、6月の日本選手権で4着になり、3位以内が条件の個人種目での代表入りを逃し涙を流しました。
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悩む桐生選手は、オリンピックハンマー投げ金メダリストの室伏広治さんに指導をお願いしました。
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室伏さんは、桐生選手が今までやったことがない体幹トレーニングを伝授しました。
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桐生選手が日本新記録を樹立する日本学生陸上選手権のレースの前にもこのトレーニングをしてました。
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新しいトレーニングを取り入れてもその結果が出るか出ないかは、1年後とかにならないと判らないそうです。
日本人で誰も経験したことがなかった9秒台ですが、指導者するほうも誰も経験したことがないのです。
ですから、選手も新しいトレーニングをする時には自分を信じてやり続けるしかないのです。

滋賀県の三日月大造知事は、県民スポーツ大賞に新たに「最高栄誉賞」を創設し、桐生選手に贈ることを明らかにしました。

日本人で初めて9秒台への扉をこじ開けた桐生選手、もっともっと記録を伸ばす事を期待します。

      Go! Go!  ジェット桐生! 

by k2hair | 2017-09-14 20:35 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

記憶にも記録にも残るキャッチャー   

2017年 08月 26日
私が過去に甲子園で記憶に残った選手や場面といえば、PL学園の清原・桑田のKKコンビ、早稲田実業の荒木大輔、星稜の松井秀喜、横浜の松坂大輔、ハンカチ王子とマー君のライバル対決です。
その後、数多く活躍した選手も出ましたが、私個人的には11年前の斎藤佑樹・田中将大選手以降、強烈に印象に残った選手はいませんでした。

ところが、今年の夏の広陵の中村奨成選手には度肝を抜かれました。
決勝戦では破れはしましたが、この夏の大会はまるで彼のためにあるような大会でした。

中村奨成君は32年前の1985年に清原和博さん(PL学園)が打った大会記録の5本塁打を上回る6本のホームランを記録しましたし、2008年の河合完治さん(中京大中京)の大会記録の28塁打を大きく上回る43塁打を記録。
さらに、2008年に萩原圭悟さん(大阪桐蔭)が記録した大会記録の15打点を上回る17打点を記録しました。

以上の3つの新記録の他に、通算19の最多安打数、通算6の最多2塁打というタイ記録も記録しています。

決勝戦では、花咲徳栄のバッテリーに警戒されてなかなか勝負してはもらえませんでしたが、3安打を打ちました。
10点差の開いた9回でようやく真っ向勝負してきた大会ナンバーワンピッチャーの清水君のストレートを見事に左翼に打ち返し2塁打としました。
打たれた清水君も、「1番自信のある真っすぐを簡単に打たれて、こんなにすごいバッターはいないと思いました」と、甲子園ナンバーワンのバッターの打球の凄さに脱帽したそうです。

中村奨成君の凄いのは打つだけではなく、キャチャーとしての守備能力の高さです
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広陵のショートの高田君とセカンドの吉岡君はとランナーが出るといつも緊張するそうです。
それは、キャッチャーの中村君からの送球がいつ来るかわからないからです。
ランナーが油断して離塁した時や1塁ランナーが盗塁した時には、地を這う矢のような送球が飛んで来るのです。
ワンバウンドするのではないかと思うほど低い送球は、「シューーーッ」と音をたててそのまま野手のグラブに吸い込まれるほどの見事な送球なのだそうです。
あまりの球の速さで、キャッチするとめっちゃ痛いそうです。

さらに、中村君は50メートル走6秒0、遠投120メートルと走攻守3拍子揃った選手なのです。
3歳で両親が離婚し、母方の家庭で育てられました。
早くお母さんや祖父母に孝行するために、先日プロ入り希望を表明しました。

プロ入りか進学か去就のはっきりしない早稲田実業の清宮君に代わって、中村君がこの秋のドラフトで最も注目される選手になるのは間違いないでしょう。

巨人の小林誠司選手は中村奨成君と同じ広陵高校のOBで、10年前に現広島の野村祐輔投手とバッテリーを組んで、甲子園夏の大会で準優勝しました。
小林選手も指導した広陵の中井監督は、小林選手と中村選手を比べてみて物が全然違うと中村君を評価してました。

今年の小林選手の本塁打はオールスターの1本だけで、公式戦ではまだ1本もありません。
WBCの有力候補だった楽天の嶋選手が辞退を表明したこともあるのですが、今年春のWBCで日本の正捕手は巨人の小林選手だったのです。
今の日本のプロ野球界には優れた捕手が少ないのが実情です。

現在のプロ野球は、自軍の投手の特徴や対戦する相手バッターのデータを全て覚えて、相手の弱点をつくというデータ重視の野球なのです。
そういうこともあって、高卒のキャッチャーをプロで活躍するまで育てあげるのは、非常に時間のかかる事なのだそうです。

中村奨成君なら、首位打者を獲ったこともある元ヤクルトの古田敦也さんのように打てて守れるキャチャーになる潜在能力が充分にあるのではないでしょうか?

ドラフト会議では多くの球団が彼を1位指名するでしょう。
足も早いし肩も強いし、外野なら即戦力で使えるかもしれません。
もし日本ハムが指名したら、中村君は球も速いから栗山監督に投手と打者の2刀流をさせられるかもしれません。

しかし、キャッチャーとしての中村奨成君こそ日本の宝だと思うのですよ。
高校生のキャチャーとしてあれほどの守備をできる選手は、世界のどこを探してもいないのではないでしょうか。
もし彼を指名するのなら、キャッチャーとして一流選手に育て上げる覚悟のある球団だけにしてほしいものです。

日本のプロ野球でキャッチャー出身の監督は、現在はパ・リーグのロッテの伊東監督と楽天の梨田監督だけです。
しかし、伊東監督は今季で退団します。
セ・リーグにはキャッチャー出身の監督はいません。
ヤクルトの真中監督は今季で退団を表明してますが、後任にもし古田敦也さんが復帰してヤクルトの監督にに戻るのなら、古田敦也さんこそ中村君を育てあげるのには最高の人物だと私は思うのですが・・・

甲子園の本塁打記録にあと1本に迫った準決勝の前に中村君はこう言いました。
「記憶にも記録にも残るキャッチャーになりたいと思います」と・・・

中村君は、甲子園でみんなの記憶にも残り、大記録も残しました。
しかしながら、深紅の優勝旗を手にすることはできませんでした。
今度はプロ野球のキャチャーとして「記憶にも記録にも歴史にも残る大選手」になってもらいたいものです。

by k2hair | 2017-08-26 07:01 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

天才張本智和少年 水谷隼への恩返し   

2017年 06月 03日
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卓球世界選手権の2回戦で日本のエース水谷隼を4-1で破った13歳の張本智和に世界が驚嘆しました



張本選手は3回戦も台湾の廖振テイ選手を4-0に圧勝しベスト16に勝ち上がりました。

実は、今の張本選手を育てたのは、水谷選手でもあったのです。
というのは、かつてNHKで、「めざせ!2020年のオリンピアン」という番組があって2人が出演してました。

この番組は、「未来のオリンピック選手」となるネクストエイジを見つけ出し、同じ競技でオリンピックに出場したオリンピアンのアドバイスなどを受けながら、いかにその「未来のオリンピック選手」が成長していく姿に密着したドキュメント番組でした。

私はこの番組が好きで、予約して観てました。

この番組で、水谷選手は張本選手の指導を張本君が仙台市の小学校5年生と6年生の時に2回も指導していたのです。
同じ選手同士が2年続けて出演するのは異例の事です。
おそらく張本君の才能に惚れ込んだ水谷選手が志願して2度目の出演が実現したのでしょう。

水谷選手は自分の技を惜しげもなく小学生の張本君に教えていました。


当時小学生だった張本君も今は中学2年生で背も伸びました。
靴のサイズが27.5だそうですからまだまだ大きくなるのでしょう。

今回対戦した水谷選手も張本選手が大きく、強くなっていることに驚いたことでしょう。
いつかは張本選手に敗れる日が来ると思っていたでしょうが、まさかその日がこんなに早く来るとは思っていなかったでしょう。

水谷選手がツイッターで「彼のために自分がさらに強くならないと」とつぶやいたのは張本選手を金メダリストに育てたいと思った水谷選手の本心からの気持ちだ
と思います。

そして、東京オリンピックの決勝で水谷選手と張本選手が対戦するのを私は心から楽しみにしています。

by k2hair | 2017-06-03 07:43 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

則本投手、野茂超えの日本新記録達成!   

2017年 06月 02日
楽天の則本昂大投手が昨日の巨人戦で12三振を奪い、7試合連続2桁奪三振のプロ野球新記録を達成しました。
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今年の則本投手はWBCの疲労からか、開幕投手を回避した初戦こそ敗戦投手になったものの、その後は絶好調でここまで7勝1敗と楽天の首位に大きく貢献しています。

則本投手は、今シーズンこれまで6試合連続2桁奪三振のプロ野球記録に並んでいました。
それまでの日本記録はメジャーリーグでも活躍し、日米通算200勝以上を達成した野茂英雄さんが1991年に達成した記録で、実に26年間も破られていなかったのです。

則本投手は滋賀県多賀町の出身で、高校は私の住んでいる近江八幡市にある八幡商業を卒業しています。
三重中京大学を卒業後、楽天にドラフト2位で入団し、29年ぶりの新人での開幕投手を務めています。

則本投手は、大谷翔平選手と並んでメジャーが最も欲しい投手なのだそうです。
あるメジャーのスカウトが、「あんなに腕を振る投手は見たことがない!」と則本投手を絶賛していました。

則本投手は、WBCでは日本との公式球の違いで思ったような活躍はできませんでした。
でも、いつかはメジャーに行っちゃうんでしょうね。
ちょっと淋しい気もしますが、いずれメジャーで大活躍してくれると私は確信しています。

by k2hair | 2017-06-02 07:30 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

スーパー2刀流高校球児   

2017年 04月 02日
昨日の選抜高校野球の決勝は、史上初の大阪頂上決戦となり、大阪桐蔭が履正社に8-3で勝ちました。

優勝した大阪桐蔭で注目の選手が、大谷翔平2世と言われる、2刀流の2年生の根尾 昴君です。
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その根尾君は、ショートで登録されていますが外野も守れ、決勝戦の9回からは抑えの投手として登板し、履正社の9回の攻撃を0点に抑え勝利に貢献しました
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彼は中学の時から145kmもの直球を投げるスーパー中学生だったのです。
さらに甲子園でもクリンアップを打つなど打撃も注目されていました。
今回の大会では力みもあってあまり打てなかったのですが、彼の空振りした時のスイングが驚くほど早かったのです。
あのスイングで、まともに当たったらボールはピンポン玉のように飛んでいくことでしょう。

彼の2刀流は、投手と打者だけではありません。
根尾君は、山深い岐阜県飛騨市の出身なのですが、中学の全国大会でスキーの回転競技で日本一になっていて、野球とスキーの二刀流をちゃんと貫いていたのです。

さらに、彼はスポーツだけではなく勉強もオール5でめっちゃ賢いそうです。
根尾君のご両親はお医者さんですので頭もいいのですね。
医者を目指す選択枝もあったのですが、大阪桐蔭の西谷監督の熱心な勧誘で、大阪桐蔭への進学を決めました。
うちのお客さんのお孫さんが大阪桐蔭高校に行っておられたのですが、かなりの進学校なのだそうです。
もしも、東大に進学したら「東大生初のドラフト1位選手」なんていう事も現実になるのかもしれません。
まさに、スポーツと勉強の2刀流ですね(驚)

スポーツが超万能で、勉強も超できて、羨ましいかぎりです。
根尾 昴選手はホンマにホンマにスーパーな2刀流高校生なのです。

by k2hair | 2017-04-02 08:04 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

宇良関、誰かに似ていると思ったら・・・   

2017年 03月 31日
稀勢の里関の奇跡の逆転優勝で盛り上がった先日の大阪場所でしたが、新入幕の宇良関も千秋楽で巨漢の逸ノ城を破って勝ち越しを決めました。

その宇良関の事を3月29日放送の「マツコ&有吉の怒り新党」の最終回で紹介してました。
宇良関は大阪出身で、関西学院大学の学生の時に、「ワールド・コンバット・ゲームズ」という、格闘技・武道の世界大会の85kg以下の部で優勝したのです。
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ちょっとびっくりしたのですが、いい体をしていて格好いいです。

この時の決まり手が「居反り」と言って自分も反りくりかえりながら、相手を裏返すという捨て身の大技です。
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相手の選手が、宇良選手の下敷きになっています。

その宇良関も24歳になり、今は128kgにまで体重が増えました。
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宇良関、デビューしたときから誰かに似ていると思っていたんです。
思い出しました。
ビッグコミックで連載していた「のたり松太郎」の主人公の兄弟弟子の田中 清です。
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似てると思いませんか?

128kgにまで体重が増えた宇良関ですが、角界ではまだまだ小兵力士です。
宇良関の得意技は今も「居反り」です。
小さい宇良関ですが、対戦相手は何を仕出かすか分からないのでおっかなびっくりで戦わなくれはいけません。

以前、舞の海関が「技のデパート」と言われましたが、宇良関はさしずめ「技のデパート大阪支店」ですね(笑)
宇良関のこれからの活躍が楽しみです。

by k2hair | 2017-03-31 06:56 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

感動の嵐   

2017年 03月 27日
昨日の稀勢の里の新横綱としての初優勝には、本当に感動しました
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仕事が終わってからニュースを見たら、まさかまさか稀勢の里が照ノ富士に2連勝して優勝しているではないですか!

君が代斉唱の中、涙を流す稀勢の里を見て誰もが心を動かされたことでしょう。
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12連勝で迎えた13日の横綱日馬富士との取り組みで負けた時に、土俵下に落ち左腕を叩きつけ、しばらく動けないほどの激痛に見舞われました。
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左腕の付け根のあたりに大きなアザができています
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次の14日目、誰もが稀勢の里が休場すると思ってました。
しかし、出場すると聞いた時に、私は驚きました。
横綱土俵入りでは手は動いていたのですが、柏手を打つ音がめっちゃ小さかったのです。
これはまだ相当痛いんだろうな~というのが誰の目にも判りました。
横綱鶴竜との対戦では案の定、何もできずに寄り切られ完敗でした。

師匠の田子ノ浦親方は休場を勧めたと思いますが、本人がどうしても出ると言ってやむを得ず認めたそうです。
私は、とりあえず高額な入場料を払って来てくれるファンのために、せめて新横綱の土俵入りだけでも見せなくてはいけないという稀勢の里の強い気持ちで出場したのだと思います。

千秋楽の朝、痛みが少し和らいで、軽く稽古ができたそうです。
しかし2敗の稀勢の里は、1敗の大関照ノ富士に本割・優勝決定戦と続けて2連勝しないと優勝はありません。

稀勢の里の千秋楽のハイライト


前日の14日目照ノ富士は、大関陥落後に10勝したら大関復帰が叶う琴奨菊との取り組みで、真っ向勝負する琴奨菊に対して、変化をして勝ったのです。
琴奨菊は6敗目を喫し、来場所での大関復帰は無くなりました。
変化しての照ノ富士の勝利に、観客席からの大ブーイングは鳴り止みませんでした。

照ノ富士にとって、14日目・千秋楽と2日続けての変化は、観客が許さない雰囲気でした。
そういう事も、稀勢の里に有利に働いたのでしょうね。

あの怪我の状態で、稀勢の里が優勝できるとは誰も思ってなかったと思います。
しかし、千秋楽当日に少し腕が動くようになった稀勢の里は、あきらめてなかったのです。

優勝インタビューで「本当にあきらめないで最後まで力を出してよかった」と・・・
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稀勢の里の優勝を見ることができた大阪のお客さんも大喜びでした
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ここに小泉純一郎元総理がいたなら、こう答えたでしょう。
 「痛みに耐え、よく頑張った。感動した~!」 と・・・

by k2hair | 2017-03-27 11:39 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

びわ湖毎日マラソン(ビデオ)観戦記   

2017年 03月 06日
昨日、びわ湖毎日マラソンがありました。
この大会は、世界選手権ロンドン大会の男子代表最終選考会も兼ねています。

レース前に注目されていたのは、マラソン2回目で箱根駅伝優勝で青山学院大学主将の一色恭志君です。
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一色君は、レースの序盤はトップの外国人選手にピタリと食いついたいたのですが、レースの折り返し地点のあたりから徐々に遅れだします。
後方、緑のウェアが一色君です。
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私が注目していたのは、25歳で日清食品グループの村澤明伸選手です。
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村澤明伸選手は長野県の出身で、地元の佐久長聖高校では全国高等学校駅伝競走大会や全国都道府県対抗男子駅伝の優勝に貢献しました。
大学は東海大学に進学し、箱根駅伝で大活躍していたのも記憶に新しいところです。
しかし、大学の後半から故障し、25歳での初マラソンとなりました。

村澤選手、初めてのマラソンでしたが好調そうでした。
レースの折り返し地点頃までは先頭に食らいついて、日本人選手トップの4位だったのです。
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折り返し地点を過ぎ、南郷洗堰を2度目に渡ると、コースは北に向かいます。
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実はここから選手達は、北風の影響をまともに受けることになるのです。
ここから選手はジワジワと苦しむことになるのです。

注目の一色君も遅れて南郷洗堰を通過しますが、かなり苦しそう・・・
一色君は、その後30km過ぎに意識を失い、途中棄権で病院に搬送されたそうです。
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その後、折り返し地点付近で腹痛のため遅れていたリオオリンピック出場経験者の佐々木悟選手が、盛り返して5位グループのトップにまで上がってきました。
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初マラソンの村澤選手は、30kmを過ぎた頃から急激にスピードダウンしてきました。
後ろに佐々木選手が迫ってきました。
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35km地点、苦しい表情の村澤選手
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その後、村澤選手は佐々木選手や後続の選手ににも抜かれ、最後は歩くような感じで28位で倒れ込むようにゴール。
担架で病院に運ばれました。

トップは、ケニア人同士のトラック勝負になり、チェビーがこのレース過去2回優勝のキプルトを振り切って初優勝。
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日本人トップの4位には佐々木選手が2時間10分10秒でゴールしましたが、世界選手権選考4レースの日本人トップのタイムでは最も遅かったのです。
おそらく佐々木選手も、世界選手権の選考に選ばれることは難しそうです。

優勝したチェビーも後半はかなり苦しそうでした。
記録も2時間9分6秒とケニアの選手としては物足りない記録でした。
やはり、後半の南郷洗堰を渡った後の北風が選手を苦しめたのでしょう。

私は、村澤選手が高校生の頃から注目していました。
初マラソンで28位と、結果的には惨敗しましたが、故障していなければいいのですが・・・
しかし、世界選手権を目指して果敢にタイムにチャレンジした姿勢は素晴らしかったです。
今後ダメージが回復してから、もっともっと練習を積んで後半に強い選手になれば東京オリンピックも狙える逸材だと思います。
今後の活躍を期待しています。

by k2hair | 2017-03-06 23:30 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

ずっと応援してました   

2017年 01月 23日
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昨日、大関稀勢の里が14勝1敗で初優勝し、悲願の横綱昇進をほぼ確実にしました。

十四日目に稀勢の里が勝ち、その後の取り組みで横綱白鵬が負け、稀勢の里の優勝が決まりました。

支度部屋でインタビューを受ける稀勢の里
感想を聞かれ「うれしいっすね」と・・・
そして、「日頃支えてくださった方々に感謝しかないっす」と言ったときに大関の目から涙がこぼれ落ちました。
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すでに優勝が決まっている千秋楽の結びの大一番、もし稀勢の里が負けると横綱昇進は微妙だったのですが、大横綱の白鵬に勝てば文句なしの昇進です。
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白鵬の猛烈な寄りを必死でこらえて最後は大逆転のすくい投げが決まりました
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その瞬間、母校の龍ケ崎市立長山中学校で応援していた地元の皆さんは歓喜に包まれました
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悲願の初優勝
隣に写っている着物美人は、稀勢の里の奥さんではなく師匠の田子ノ浦親方の奥さん(たぶん)です。
ちなみに、稀勢の里はまだ独身です。
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稀勢の里は、中学の時にすでに身長182cm,体重114kgもあったのです。
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でも、中学の時は野球部のエースで4番で、地元茨城県の強豪校常総学院からもスカウトされていたのですが、中学を卒業して角界に進みました。
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稀勢の里が幕内に昇進したのは、史上2番目に早い出世記録です。
しかし、新入幕から42場所を要しての大関昇進は史上5番目のスロー出世だったのです。

ここ一番に負ける事が多く、ファンをやきもきさせてきました。
しかし、白鵬にはめっぽう強く、一時は対戦成績が拮抗していた時もありました。

日本人大関の琴奨菊や豪栄道が先に優勝を果たしましたが、私は横綱の器にふさわしいのは稀勢の里しかないと思ってました。
優勝に大手を掛けたのは過去5回で、いずれも失敗。
6回目の正直でようやく賜杯を手にしたのです。

稀勢の里の凄いところは、怪我をしないことです。
14年以上の取り組みの中で、過去に休んだのは1日だけで、それは不戦敗となったので、記録上は休場は1度もないのです。
昨今、サポーターをいっぱい巻いて怪我に悩む力士が多いのですが、稀勢の里関は本当に丈夫です。

稀勢の里が横綱に昇進したら、日本人力士としては19年ぶりの横綱昇進です。

稀勢の里関はあんまりニコニコしないのですが、一昨年亡くなった北の湖理事長の現役時代の風貌になんとなく似ていて私はず~~~っと応援してました。

北の湖さんは憎たらしいぐらい強かったのですが、稀勢の里にもずっと頑張ってもこれから何回も優勝してほしいです。

by k2hair | 2017-01-23 11:41 | スポーツ | Trackback | Comments(0)